渚の潮が引くように…私がこの仕事を続ける理由

京都の片隅からこんばんは、ぽっぽです。先日書類を整理していたらある人から頂いたお手紙がひょっこり出てきました。それは5年前に仕事で担当した方からのお礼のお手紙でした。

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新人時代のできごと

プロフにもちょこっと書きましたが、私は葬儀関係の仕事をしています。平たくいうといわゆる「おくりびと」をしています。本木雅弘さん主演の映画で有名になった仕事です。

出典 松竹映画100年の100選 https://movies.shochiku.co.jp/100th/okuribito/

このお手紙は私がこの仕事を始めて3年目くらいの、まだペーペーだった時代に頂いたものです。
この時担当したお家は

・故人様 70代男性
・喪主様 故人様の奥様、息子様2人

というお家でした。(ちょっとフェイク入れてます)

故人様はやや痩せておられた方で、奥様が用意された大島の着物をお着せしました。薄化粧もして「それなり」のお顔になられ、末期の水等をして頂きました。

奥様より丁寧なお礼を言って頂き、施行が終わりました。ところが上司と車に乗って会館を後にした直後のことです。上司の会社用携帯が鳴りました。

「うわー、何やろ。さっきの人何か問題でもあったんかな?」と一瞬ギョッとしました。しかし、

担当の方「先程のお家の方が、おくりびとの人にとても良くしてもらったから手紙を書きたいと言っている。名前を教えて欲しい」

何とお家の方が再度手紙でお礼を言いたいと言ってくれたのです。

とはいえ、葬儀の間は何かと忙しいものです。式の進行の内容から香典返しの品など、決めなければならないことが山盛りです。仮に忙しくて忘れられても仕方のないこと。お気持ちだけで充分、と思いつつ名前を教えました。

丁寧にしたためられたお礼のお手紙

そして数日後、会社に手紙が届きました。2枚の便箋に薄墨で丁寧に書かれたそのお手紙には「渚の潮が引いたような静けさの中で、妻として夫を送り出せたことへの安堵」「私達に対しての感謝の言葉」が綴られていました。

その中で印象的だったのが夫はこれまでで一番上等な『お顔』をしていた」という言葉でした。

当時私は新人ながら精一杯のことはやっていました。しかしそれは「仕事」としてやっていたのであり、「気持ち」が籠もっていたかと言われれば違う気もします。多分仕上がりも今よりもっと雑だったと思います。

それにも拘らずこんなに丁寧な、気持ちの籠もったお手紙を頂いていいのか…しばらく考えました。

あれから5年、いま思うこと

あれから5年、会社は変わりましたが私は相変わらずこの仕事を続けています。一度辞めた時は「私はこの仕事に向いていない。工場の方が向いてるしそっちに戻りたい」と考えたこともありましたが、色々あって未だにおくりびとをやっています。

今も「仕事」としてやっていることに変わりはないのですが、一つ違うのは「送り出す人に安心して故人様を見送ってほしい」という思いが加わったことです。

私は施行をするにあたって「若い人には『安心して見送って欲しい』、高齢の方には『自分も亡くなったらこんな顔にしてもらえる、と安心してほしい』」と思っています。

やはり故人様との別れはどんなに最善を尽くしても尽くしても後悔が残るのです。「あの時ああしていれば」「もっとこうしてあげられたら」。

挙げだしたらキリがありません。

しかし私達が携わることで少しでも「これでよかった、ホッとした」と感じてもらえたら、これほどおくりびと冥利に尽きることはありません。

なかなか表現しづらいですが今はこれを信念としてやっています。

まぁたまには落ち込んだりヤケクソになったりもしますが(^-^;
その時はまたこのお手紙を読んで初心に返ることにします。

将来的にずっとこの仕事を続けるかはわかりませんが、自分が関わった人のほんのちょっとでも支えになれたら、という想いだけは忘れずにいたいなと思っています。

いや〜ほんまは「おくりびと」って書くの恥ずかしかったんですよね。でも書いちゃいました(^◇^;)これからもたまにはマジメに仕事のことを書きます。よかったらお付き合いくださいませ。

ほなまた次回、お会いしましょう〜♪

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この記事を書いた人

京都の片隅に住むミドル30代。ヒゲの素敵な夫と息子と暮らしています。
好きなものはバイクと銭湯、古民家。将来の夢はピンクのスーパーカブでお遍路さんを廻ること。

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